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港町としての栄華 戦後復興の歩み
今も残る住民の気概
荒廃した土地で たくましく
したたかに再起した人々の
懐しくも温かい
ノスタルジアな物語
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津波古の歴史 〜ノスタルジア津波古を訪ねて~
伝承では、15世紀ごろにできた村だとされる。琉球国王の久高行幸や聞得大君の御新下りの際の道筋であった。東御廻りの際の休憩所が津波古(桃原家)にあったとされるが、残っている東御廻りの資料にはその記述はないらしい。
明治に入ると海軍の貯炭場や給水タンクが整備され、また、馬天港は国頭からの山原船による木材・薪炭などの移入港として栄えた。また、大東諸島との航路でもあった。この頃から移住者が増え、海岸近くはハマヤーと呼ばれる小集落ができた。
戦後は、米軍施設に接収して多くの住民が久志村(名護市)や金武村(金武町)に分散した。1948年、国道331号より東側の居住が許可され移住を開始。1951年11月には戦前の地域が解放された。その後、スクラップを集めるための移住者が増え、旅館や商店が立ち並び、現在につながる街の基盤となる。
出発地点 津波古公民館:
「那覇バスターミナル」より、東陽バス37/38/338番、または沖縄バス39/339/41番に乗り、「馬天入口」にて下車、徒歩2分。
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